雨期真っ只中の秘境フアメカムレポート

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皆さんのお陰で、山の人たちの生活を楽しく垣間見ることができました。 ありがとうございました。 日本に居る頃、TVでは何度も見ていましたが、実際にこの目にするとは、思いも寄りませんでした。 10mでも自分の足で登ると流石の健脚も動かなくなる程の急峻な坂。 その坂道の両側急斜面に並ぶ高床式の小屋。 庭の土間に置いた古びたパイプ椅子に腰掛けるご婦人(カラフルな巻きスカートでした)。 カルビーと思しきお菓子の袋や飴、餅などの入ったビニール袋が低い軒にぶら下がり、石鹸やシャンプーなどの生活必需品が少しずつ所狭しと置いてある玩具箱をひっくり返したような小さな売店。 フルチンで手を振る子供達。 山の斜面に広がるとうもろこし畑。 道のすぐ横には葉の形が怪獣の手に似た(桑よりも葉形は鋭い)草。 何処まで行っても舗装されて立派な道路が尾根を走ります。日本ならさしずめ鈴鹿や伊勢志摩、または乗鞍スカイラインでしょうか? 

  スカイラインの途中を右の脇道に折れて、登りついた所にクンサーの館は佇んでいました。 鬱蒼とした木々に埋もれ、人々の目から遠ざかるように、ひっそりと隠れるようにして、その館は静まり返っていました。民族の旗と人が描かれた壁面レリーフ。中へ入ると、この地域の悲劇の始まりと言われる調印式の壁絵、シャン州の絵地図。くぐり戸をくぐって隣の部屋へ進むとクンサーの肖像画。銃弾の痕、血痕・・・・・。
  太陽の光は木々に遮断されて、あたりの空気は湿って、冷たく、凛として、緊張感に覆われ、鼻腔に否応なく静かに吸収される黴臭さを伴い、床の染みは何故か妙に滑りやすく、管理人の女性は無言でウツムキ加減に立っているだけ・・。つい今しがたまで賑やかであった話し声も心無しか、いや確実にトーンダウンしています。NITさんの説明する声がその湿って冷んやりとした重苦しい空気を突き破って、私の鼓膜に突き刺さります。過保護な日本国民から見ると、こわいこわい歴史のようです 向かい側の丘を20m登ると仕置き穴がありました。 底は深く広い徳利状の穴です。 おそらく蛇や蜘蛛なども入れて嫌がらせをしたのでしょう。 
  この地を後にする時、VCDを3枚も買ってしまいました。180Bahtでした。 1枚はミャンマー語の歌のカラオケでした。2枚は悪徳代官が国を乗っ盗るが、男前の正義の味方と、不幸だけれども上品で優しいお姫様が長老の教えと勧めで国を奪還して、幸せに暮らすというドラマでした(絵だけ見ていて、そのように想像しました)。 不幸な時代には正義の味方を待ち望むものですが、この地域の悲劇が何であったのか? 分かりませんし、経済大国の日本人には共有することも実感することも出来ません。 国と国の歴史はエゴとエゴのぶつかりあいですが、地域の歴史は、そこで力強く生きた人たちの足跡です。 善悪を超えた生活の戦いであり、結果であったろうと想像するだけです。 
  
  更に例のスカイラインを進みますと、愈々、道の舗装も途絶えました。 雨に流されて出来た水路がクレーターになって、行く手を阻みます。 ジムニーの車輪もそのクレーターに飲まれ、 エンジンは苦しさに吼え、フレームは軋みます・・・。 なおも踏み込まれるアクセル。 悲鳴に近いエンジン音は確実に車体を持ち上げて前進します。 クラッチを踏んでシフトします。 エンジンの唸りが急に低くなって回転音が上がります。 車輪はクレータから脱出し、負荷が軽くなります。 またクラッチを踏み込んでシフトアップです。 スピードが上がりますが、またまたクレーターです。 泥濘にとられ車の後部が左に流れます。左後輪が落ち込みました。 またクラッチを踏み込んでシフトダウンです、アクセルを合わせるように踏み込み、泥沼から脱出です。 突然、何処かの部品がカラン・カランと異音を発しはじめました。 エアコンは切ったままです。人間も汗だくです。 車全体は縦横無尽に揺れ続け、地面が見えたと思えば、次の衝撃で青空が目に飛び込んでくる・・・。休むことなく襲ってくる跳ね上がるような揺れのため、シートベルトが無ければ座席からすべり落ちそうになります。 ドアのガラスはビリビリと音をたて、ドアの中で粉々に砕けそうな振動です。 こうなりますと、もう道ではありません。 土手の草や木の無いところを登っているだけです。 そんな中で、我らがKさんは寝ていたのですから、すごい。拍手!  しかし流石に到着した時、一回だけ「あの揺れは腰に来るわ」と呟いたのが聞こえました。 翌日は元気なゴルフを披露していただけましたので、無事だったのでしょう。 良かった。 

  時刻は12時30分。終にHua Mae Kamに到着です。 ここから50mも登るとミャンマーだそうです。 そんな高地で昼食です。 
もち米の包み、ちまき(バッチャン)、小魚のフライ、鳥のから揚げ、果物、コーヒー。どれもタイ語を忘れましたが、美味かった。 本当に美味かった。 標高1800mの山の上で、白い雲の合間に見える真っ青な空は、心を癒すにはお釣りが来るほど十分でした。 はるか遠くに見える山並みは日本にも続いているかも知れないと言う錯覚に陥るほど遠くに感じ、その広がりは360度だけでなく、上下にも360度を思わせるほど深みがあり、宇宙から青い地球に降り立った時を想像できる景色でした。 吐き出した檳榔が血の様に赤く散らばるリス族の家の軒下から眺めているとボ~として、「ユー チュォーイ チュォーイ」でした。 こんな素晴らしい借景をもった家は日本にはありません。
   村の広場の端の麻薬ルートにもなっている小道を下ると谷川にでます。そこはミャンマーとの国境です。 谷川を越えてはいけません。 密出入国となります。 100m上流に滝があり、この滝の上もミャンマーです。 Hua Mae Kamは地図で見るとおり、正にミャンマー国に突き出たタイ半島の突端ですね。 谷川を越え、軍につかまって、麻薬を疑われたら、危ない。 ブランド物の時計やアクセサリーも密輸か?と疑われたらやばい。無実を証明するのは難しい。 最悪の場合銃殺もあり得ます。 くわばら・くわばら。 
  アカ族の村にもリス族の村にも老人と子供だけ。特に子供が多いのです。 何故でしょう? 二つの説がありました。 一つは都会に出た娘が子供を預けている。 二つ目は正にそこに居る老人達(本当は見た目よりも若く元気らしい?)の子供というのです。人間だけでなく、豚。鶏、犬たちの子供も多かったですね。 体長27cmくらいの黒豚の子はビービー鳴いて、袋に入れられ何処かへ持って行かれ、 ひよこは路上に落とされて乾いた牛の糞をついばんでいました。 犬の子は走り回って、ペットたちも子供の天国でした。 何故でしょう? 社会の制度不足が少子化の原因だという日本の議論は机上の空論に過ぎないのではないでしょうか? お金も社会保障も無く、危険と隣り合わせの過疎の村に子供が一杯なのですから。 

  帰路、金色のジムニーは終にオーバーヒートでリタイヤ。 赤のジムニーは足回りの金具が折れ、草の蔓で応急処置。 無事だったのは先頭の白とシンガリの緑の2台。どろどろになってChiang Raiに帰還。 もう少し近い山の上に観光民宿でも作ればどうか? などと思うのは日本人だからですかね? 不謹慎とは思いつつ・・・・。

  初めてのタイ国内旅行でした。 確かに到着直前は大変な悪路でしたが、途中までは快適なスカイラインでした。日本なら1台3000円は徴収されますね。 日本人はすばらしい車を造ったものです。そしてその車を見事に活用するタイ人はすばらしい。 ジムニーが無ければ日帰りでは行けないでしょう。 歩くのも良いかも知れませんが、運動不足の駐タイ日本人は気が狂いますね、きっと。  

  初めて参加させていただきました。すばらしい旅行でした。 確かに、普通は無いと思われる特別な旅行でした。 
  田口組 万歳。 紅一点のキャオリさん万歳。 NITさん、みゆきさん、ドライバーの方達、お陰様で無事にすばらしい旅行を経験できました。
  お世話になりました。 

  次回は首の長い世界一の美女に会いたいですね。 セクシーな若い美女であって欲しいと思いま~ぁす。 

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JTU004JTU004 UNSEEN!フアメカム/ヒンテーク/かつてのオピウムロード/麻薬王クンサーの村(ミャンマー国境)5000バーツ
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